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名古屋地方裁判所 昭和43年(ヨ)689号 判決 1969年5月26日

申請人

清水一雄

外一名

代理人

山本卓也

外三名

被申請人

湯浅貿易株式会社

代理人

佐治良三

外四名

主文

一、申請人らの申請を、いずれも却下する。

二、訴訟費用は、申請人らの負担とする。

事実《省略》

理由

一、申請人らが、かねてから被申請人の従業員で被申請人名古屋合板工場に勤務し、申請外湯浅貿易名古屋合板工場労働組合の組合員であつたこと、被申請人と右組合との間に従来から労働協約があり、その第七条に「組合を除名された者を会社は原則として解雇する。但し被除名者か除名された日から、一四日以内に異議を申立てたときは、苦情処理手続によつて解決をはかり……。」と定められていること、被申請人が、昭和四三年三月二八日右名古屋合板工場工場長西沢春男を通じ、申請人らに対し、申請人らが右組合を除名されたことを理由に、解雇する旨言渡したこと、以上の各事実は、当事者間に争いがない。

二、申請人らは、右解雇は、ユニオンショップ協定(以下ショップ協定と略称)にしたがつてなされたものであるが、除名には正当な理由なく、また、適法な除名手続を経ないで行なわれたものであるから、かかる除名を前提とする解雇は無効であると主張するからこの点について検討する。

<証拠>を総合すれば被申請人が本件解雇に及ぶまでの経過は次のとおりであることが認められる。

(一)  申請外右組合の昭和四二年一二月二三日第二三回定期大会において一部組合員から同大会議定書中会計決算報告の記載に幾多の誤りのある旨が指摘され、右決算報告は大会の承認を得られなかつた。そこで右大会の決議により組合新執行部は昭和四三年一月八日調査委員会を設置して右決算報告につき調査した結果(査問資料と題する書面を作成)申請人ら旧執行部の在職していた昭和四二年五月から同年一二月までにおける総合会計処理につき、決算報告書とその基礎となる会計書類との記載とが符合しない部分の存すること、正式な決定機関の承認のない不当支出金ないし使途不明金の存すること、領収書中承認印の全く存しないものが多数存すること等被申請人主張のとおりの数々の疑義のあることが判明した。

そこで評議委員会は同年二月六日右疑義を解明するため査問委員会を設置し、同委員会は同月一二日午後一時から査問を始めることとし、同月一〇日に申請人両名及び申請外大口秋義(当時の監査委員)に対し午後一時、三時、五時と銘々時差をつけて出席方を通知した。申請人らは当日右委員会に出頭し申請人両名と右大口の三名同席にて査問するよう要求したが、委員会は口裏を合わせられることを恐れて、先ず個別査問の方針であつたため、これを拒絶したところ申請人らは査問に応せず帰つてしまつた。そこで委員会は巳むなく査問に応じた右大口のみを査問したが、右疑義を解明する資料は、何ら得られなかつた。

そこで組合は翌一三日評議委員会(規約第二二条所定の組合大会に次ぐ決議機関)を開いて討議し、同委員会は申請人らの前記会計処理上の疑義については不正行為のあることは間違いないと思われることと査問委員会に正当な理由なく出席を拒否した行為を組合の統制違反行為にあたるとの判断の下に、これを理由に二〇対五の票決で申請人らを除名することに決議し、その旨申請人らに通知したが、申請人らから除名は組合大会を開いてその賛否を問うべきである旨の抗議を受け、加えて規約第二〇条、第二一条に除名は大会の決議に基づく直接無記名投票によるべき旨の明文の規定の存するところから同年三月六日評議委員会において同月八日午後四時から除名について臨時組合大会を開くことを定めた。大会当日は総組合員数四二〇名のところ出席者三六一名(内委任状によるもの三一名)であり、規約第一八条所定の大会成立の定足数である総組合員の三分の二以上であることを委員長若子が確認のうえ大会議案書を配布し、除名についての賛否の直接無記名投票を九日施行し一〇日開票することを提案したところ、提案に反対した約九〇名が退場したが、最終的には賛成二三二名、反対二名の結果となり規約第十九条による総組合員の過半数の同意を得た。ついで右大会決議にもとづき除名当否の(投票が施行され投票の秘密が侵される状況にあつたことは、これを認むべき疎明がない)その開票結果は被申請人主張のとおり有権者総数四二〇名中棄権一一二名、投票総数三〇八名、内賛成二六二名、反対三七名、無効票九名であり、規約第一九条所定の総組合員の過半数の賛成投票を得た。そこで組合は翌一一日ごろ申請人らに対し書面にて右除名を通告したが、申請人らは即日右書面を突き返した。

(二)  そして、申請人らは、同月一三日ごろ組合執行部に対し三月一二日付の「申入れ書」と題する文書を提出した。右文書は申請人両名の他に三名を加えた連名のものでその要旨は、執行部が春闘を目前にしていながら労使一体となつて春闘を封殺し、職場ではイヤガラセや脅して組合民主々義を踏みにじつているとの非難から始まり、次で申請人らには会計処理の不正なく、しかも除名臨時大会は大会成立人員を欠いていたから不成立である。要するに今回の除名は旧執行部を嫌悪する組合執行部が会社と心を合わせ、組合のために闘つて来た申請人ら旧執行部を一掃する目的で作為的になしたものであるからその撤回を申し入れるというものであり、右と同一文書は申請人らによつて職場にも相当配布された。

なお、右「申入れ書」を直接組合執行部に持参したのは申請人竹原であるが、組合の若子委員長は同申請人に対し、苦情処理委員会にかけたらどうか、と質したところ、同申請人は、問題が違うから苦情処理機関には関係はないといい放つて帰つた。また同年四月一日本件解雇後に被申請人工場長西沢春男が申請人らと話し合つたときも申請人の誰かが、苦情処理委員会は労使双方の構成員が同数であるからいつてもこれをかける意味がないと答えていた。

(三)  そして組合執行部は三月一四日付を以つて委員長若子光男名義工場長西沢春男宛昭和四三年三月八日臨時大会を開き申請人両名に対し除名提案を行い、九日直接無記名投票の結果賛成二六二名で過半数の同意を以つて除名を可決し規約第一九条により除名したので通知する旨の記載のある文書を被申請人工場長に手交した。組合執行部からの協約第七条にもとづく解雇要求につき、執行部役員と被申請人工場幹部との間に三月一四、一六、一九、二〇、二二日の五回に亘り団体交渉が行なわれた。(団交出席者は組合側は委員長、副委員長、組織教宣各部長、被申請人側は工場長、勤労部長等各四名内外)

右団交に際し組合執行部から詳細な除名処分に至るまでの経過の報告があり、被申請人側は具体的な証拠資料の提出を組合側に求め、自らも本社管理室監査課長で公認会計士の資格をもつ申請外大和田俊雄をして調査せしめ会計処理についての調査報告書を提出させたうえ、被申請人工場は組合のした除名処分は実体上も手続上も誤りないものと認めたうえ、申請人らを解雇することに決し、遂に三月二八日前記のとおり申請人らに解雇通知をなすに至つた。

なお苦情処理委員会の開催については組合執行部から前述のような申請人竹原の言動を聞くに及んで委員会は開かないことに労使双方の意見が一致した。

以上の事実が認められ<証拠判断省略>。

三、しかるところ、一般に労働組合は団結を確保するためその組織を統制する機能を有し、これが統制権の発動として組合員に対する懲戒的手段が講ぜられている。また、ショップ協定は右団結の強化を目的とし、労働組合が組合員を除名した場合は使用者はその組合員を解雇しなければならぬ拘束を受けるが、労働組合が右統制権にもとづき組合員を除名するなど統制手段に及ぶことは右統制の本質上自主的に決定し得るところである。ただ右自主性ももとより無制限でなく、総会によつて懲戒的事由と主張される事由そのものが不法はもちろん明かに不当であつてはならず、また懲戒手続と主張されるものが一般的に考えられる民主的方法で行われなければならず、もし右限界を超えるときは除名に重大な瑕疵があつたものといわねばならない。

しかしてショップ協定のある場合に使用者が労働組合から組合員除名の通知を受けても、除名事由と除名争続が明かでないいときは、組合に対し除名事由と除名手続を質すべく、かくのように配慮し、別言すれば使用者において故意または重大なる過失なくして右瑕疵を見出し得ないときはショップ協定にしたがい被除名者を解雇すべきである。

ひるがえつて本件をみるに、被申請人が申請人らを解雇するに至るまでの経過は前示認定のとおりであつて、右認定事実からして被申請人は除名事由は、如何なることをもつて事由とされたか、また、その手続は民主的方法にて行われたかどうか組合に質し、組合から右事由と手続につき前示認定どおりの事実関係の説明を得で申請人らを解雇したことが認められ、右事由と手続は組合の統制権についての自主性の限界内と解せられる。したがつて被申請人において右認定の事情の下に申請人を解雇した以上は、右解雇は有効と解すべく、仮に除名事由とされた事実の不存在あるいは除名手続が不当にて除名が無効とするも、組合の自主独自を尊重する建前から本件解雇効力に影響を及ぼさないものと解すべく、申請人らの除名無効を前提とする本件解雇の無効の主張は失当である。

四、申請人らは組合は解雇当時分裂状態にあつたから本件ではユニオンショップ条項の効力は申請人らに及ばない旨主張するけれども先に認定した事実特に除名審議のための組合大会において退場者が九〇名余出たものの、右大会も翌日の投票も滞りなく終了している事実に徴しても組合が分裂状態になつているとは到底認められないから右主張は採用の限りではない。

五、つぎに申請人らは協約第七条但書の苦情処理委員会が開かれなかつたから本件解雇は無効であると主張するからこの点について判断する。

右委員会が本件解雇につき開かれなかつたことは被申請人の自認するところである。

しかしし<証拠>によれば、被申請人と組合との労働協約第五三条ないし第五六条に苦情処理についての定めがあり、苦情処理委員会は労使側各四名をもつて構成せられ、同委員会は労働協約及び諸規定の適用解釈に関する個人的異論を処理し、組合員が苦情を申立てるには苦情原因である事項と主張とを明確且つ簡潔に記載した文書を組合側に提出することができる、となつていることが認められる。

右規定からすれば、組合が個人的苦情につき異議申立権あることはもちろん、組合員も異議申立権があつて、それにつき文書を組合側に提出することができることになつており、本件解雇は労働協約の適用解釈に関する事項と見られるから、申請人らは右異議申立権がある。

しかるところ申請人らは前示認定したごとく、組合に対し「申入れ書」と題する書面を提出したが、その作成名義は申請人両名のほかに三名の者が加わり、その内容は組合活動を非難し延いて除名の不当をもつはら組合に抗議するものであり、その提出時期は本件解雇前のことであること、右事実になお申請人竹原の右「申入れ書」を提出した時の若子委員長に対する言動および申請人の一人の被申請人側の西沢工場長に対する言動をあわせ観れば、右「申入れ書」を苦情処理委員会に対する本件解雇の苦情申立と認めることができない。

したがつて、苦情処理委員会が開かれなかつたから本件解雇は無効であるとの申請人の主張は失当である。

六、また、申請人らは、本件解雇が申請人らの組合からの除名を理由にしてなされた不当労働行為で無効である旨主張するので、さらにこの点について判断する。

ところで、この点については、申請人らが執行委員として在任した昭和四二年春にいわゆる五〇日闘争なる労使紛争が被申請人名古屋合板工場において行なわれたこと、その直後、市内の旅館で組合員の一部が会合をもつた際、その席に被申請人役員ないし西沢春男工場長らが出席したこと、その頃、組合員の間にいわゆる民主々義研究会なるグルールが発足したことについては、いずれも当事者間に争いがないところ、右事実をもつてしては、いまだ本件申請人らに対する被申請人の解雇が、被申請人の不当労働行為意思ないし目的に出たものと即断できないし、申請人らにおいて、その他被申請人が申請人らを解雇するにつき不当労働行為をする意思ないし目的を有したとの事実を認めるに足りを疎明は、申請人らにおいて、何等これをなさない。したがつて、その主張事実を到底認容すべくもない。

七、その他、申請人らは、本件解雇が解雇事由なく、また解雇権を濫用し行なわれたもので無効であると主張するが、前示各認定にてらし、右各主張を肯認すべき事由は存しない。

八、よつて、申請人の本件仮処分申請は、その被保全権利について理由がないので、その余について判断するまでもなく、失当としてこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、第九三条を適用し、主文のとおり判決する。(西川力一 松本武 鬼頭史郎)

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